original [永続の記憶] [04] 「―改変黙示録―」


2.糧となるモノ

魔術が重要視されているこの世界で、魔術の糧(かて)となっているのがマナである。
普通の眼では、見る事は出来ないが、マナとは自然界にある空中を漂(ただよ)う自然エネルギーの事だ。
単独では使用不可で、術式と呼ばれる魔法陣を用いて、体内に存在する魔力とマナを練り合わせ、魔術を発動する事が出来る。
属性は『地水火風(ちすいかふう)』、4つの属性が存在している。 『光闇(こうあん)』という2つの属性も存在するが、マナとは関係ないため、またいずれ語られるであろう。

そして、マナには、2種類存在する。
通常の『マナ』と『大地のマナ』だ。
『大地のマナ』は、大地…世界の奥に眠っている。 また、それを使う事が出来ないと言われている。
仮に『マナ』の量が減っても、世界はバランスを取ろうとして『大地のマナ』を『マナ』に改変する力を持っている。 正確には、世界ではなく精霊がそれらの質量を管理しているらしいが、精霊は精神世界の住人で目撃情報が少ない。
人の住む『世界』と精霊が住む『精神世界』は、常に共にあり、常に別の世界なのである。
その精霊を召喚して対話する事が出来るのが『セイラオスの民』だ。

「―と、いう訳だ。まずは、精霊を姫巫女に召喚して頂きたい。」

ティノスの声に一同は、姫巫女の方へ視線を向ける。
姫巫女は、相変わらずの無表情でテーブルの中央を見据えていた。

「召喚してどうする。」

姫巫女は、ピシャリと言い放った。
最近の姫巫女は、召喚に対して消極的で、以前ティノスが頼んだ時も断られていた。
召喚は、魔力の消耗が激しい。
姫巫女もそれなりに歳を重ねており、そろそろ寿命を全(まっと)うする準備が体内で行われ、老化現象が起きているのだろう。
老化が始まると魔力最大値の減少が始まる。減少が最終段階になれば冥府から迎えが来る。
民族は、人間より寿命は長いが、魔族よりは寿命が短く、寿命と魔力の関係性は、深い。
一同は、その事を察しており、姫巫女に深く追求はしなかった。 いや、出来なかったのだ。
この沈黙を破ったのが、イチカだった。

「別に姫巫女でなくても良い。他はいくらでもいる。」

彼は、リズメルト帝国の帝王だが、白髪で青い瞳という容姿に加え、耳が少し尖っていた。
普通の人間とは思われない。彼は、人間でも魔族でもない民族だ。
一応、同族として気を使ったのだろう。
しかし―。
ただ彼は、口が悪かった。

「そう、なら帰るわ。」

姫巫女は、立ち上がると一室の出口へと向かっていた。
これには、一同仰天した。

「え、ちょ…姫巫女?!」

ティノスは、イチカの手を掴かんだ。

「お前の所為だ、とにかく謝れ。」

「は?僕は関係ない。当然の事を―。」

イチカの声も聞く事なく、ティノスはイチカを引きずって、姫巫女の後を追いかけて行った。
カルトネもただ『やれやれ』と、その後を追いかけていく。
この一室に残されたのは、レティシア、ユラ、レオハルトだけだった。

「―で、お二人、婚約は、いつされるのかしら?」

ユラは、特に慌てた様子もなく冷静に二人に問いかける。
突然の問いにレティシアは、思考が停止し、レオハルトは、ため息をついた。

「お前、よくそんな事言えるな。」

ため息をつかれるとは、予想外だっただったのだろう、ユラは目をぱちくりさせてからこう言った。

「あら、どうして?いいじゃない、結婚は何度しても楽しいものよ。」

『結婚は何度しても楽しい』という言葉にレティシアは、驚いた。
この人は、楽しいと言い切ったのだ。
レオハルトは、お構いなしに会話を続ける。

「何度しても楽しいわりに、俺との結婚話、拒否っただろ。」

ユラは、色々と考えて昔を振り返る。振り返って振り返って、振り返る―。
ああ、そんな事もあったわねっと笑った。
そして…。

「結婚は、楽しいけど、多妻の一人は嫌よ。あと魔族も―。」

ユラは、言いかけて止めた。
そしてユラは、レティシアの表情を見てクスリと笑った。

「ふふ、レオハルト、昔私にプロポーズした事があるの。…そんなにショックだった?」

ユラは、微笑みながらレティシアに訊ねたが、レティシアの返事はなかった。
もちろん、これはユラの勘違いで、レティシアはレオハルトのプロポーズにショックなど微塵(みじん)もなかった。
ただ、『結婚は何度しても楽しい』という言葉が不思議と頭から離れなかった。
先代のユラは、思春期を迎えるであろうレティシアに生前、同じ言葉を発した事があったからだ。

「今日は言わないのね、『結婚は一度しか出来ない』なんて―。」

それは、先代のユラに対してレティシアが発した言葉だった。
レティシアは、察した。 ユラは、ヒントを与えたのだ。
今、この目の前にいる女性は、カルナトール『王女』ユラではない。カルナトール『女王』ユラだという事に―。



一方、姫巫女は城の外に出ており、ティノスはすぐ後ろを追いかけて、間もなく捕まえようとしていた。

カルトネとイチカは、日頃の運動不足が祟って、長い廊下で虫の息となっていた。
イチカは、ティノスに腕を引っ張られていたがあまりの足の鈍(のろ)さに見捨てられていた。

「おい、カルトネ、若いんだから先に行け。」

壁に捕まりながらも少しずつ全身していくイチカは、ゼェゼェと辛そうに呼吸しているカルトネに言った。

「民族と一緒にするな。私は帝族だか…普通に人間だ。もう歳なのだよ…。」

カルトネとイチカ、見た目はカルトネの方が年相応に老けている為、親子に見えなくもなかったが、実際はイチカの方が50歳程上なのだ。

「俺は…帝族…だ。民族なんぞと一緒にするな。小童(こわっぱ)が。」

『民族なんぞ』、これを聴いたら民族は激怒する事だろう。 姫巫女が傍にいなくて良かったと双方は、心の中で思ったに違いない。
息を整えるとイチカは、カルトネにこう言った。

「はあ…何故、レオハルトなのだ?」

カルトネは最初、何のことだと思ったがレティシアとレオハルトの事だと思い『あー』っと声に出す。
カルトネの返答を待たずにイチカは、話を続けた。

「お前には、息子がいるだろ、帝国を何故娘に継がせたがる。どうせすぐ死ぬのだろう?」

そう、レティシアの寿命は残り少なかった。 すぐに結婚させ、次の跡継ぎを用意しなければならない。
そして、その跡継ぎは、女でなければ国が終わってしまう。カルトネは、それを恐れていた。
ユラとレティシアには、『名の無い呪い(のろい)』がかけられている。

この世界には、魔物という種族が存在している。
魔物は理性が欠如(けつじょ)しており、魔族、民族、精霊、原因は分からないが魔物へ変貌してしまうのだ。
魔物には、理性がない。 すぐに子供が生まれる。 彼らは、数が増えすぎた。
討伐しても追いつかず、遥か昔に多くの民が死に絶え、様々な爪痕を残していた。

魔物が国に入らないように作られたのが『結界』というものだった。
その結界の動力源は、人の命とわずかな魔力だったが、命も魔力も24時間捧げ続ける事は、出来ない。 24時間、自動で吸い上げる事の出来る『呪い(まじない)』が必要だった。
これは、ラッテル帝国でのシステムでカルナトール王国の結界は、また別のものだ。

カルナトール王国は、魔力で全ての結界が機能しており、 誤作動がないよう結界内で魔力が使えるのは、一人だけと『城』が決めているのだという。
そして、カルナトール王国内では、ほとんどの呪いが無力化される。

しかし、当事者からすれば、『結界』は『呪い(のろい)』でしかない。
ラッテル帝国帝室の女性に代々受け継がれてきているもので、レティシアの母は、今この時も国の結界の糧として命を奪い続けられている。
その母がいなくなれば、その糧をレティシアが一人で賄(まかな)わなければいけないがレティシアにある呪いの刻印は、胸部だった。
刻印は、痣となって心臓まで広がり、腐敗していく―。
腹部に刻印持って生まれたラッテル帝王の妃は、刻印が心臓に達するまで、もう間もなくだった。

カルトネには、他を気にする余裕など、まして娘の気持ちを知る余裕などなかったのだ―。
魔族の血筋と婚姻を結べば、寿命の長い魔族の事だ、孫の代からは刻印の進行を遅らせ、長期に渡って一人の犠牲で国を動かせるのでは、と考えていた。
それ故に、カルトネは、イチカとの結婚を断っていた。 イチカは、帝王の座を弟に譲り、ラッテル帝国に婿入りする覚悟も出来ていたというのに―だ。
当然だがレティシアは、二人がその様な話をしていた事は、知らない。
そして、レティシアはイチカの想いも知る事無く、普通の人としての一生を終えるのだ。

イチカは、カルトネが気に入らなかった。

イチカは、レオハルトがユラにプロポーズを断られ『仕方がなく』レティシアとの婚約を承諾した事も気に入らなかった。

イチカは、レティシアの呪いを解く事を、カルトネが考えていなかった事が気に入らなかった。

どうする事も出来ない自分も、イチカは、気に入らなかった。

その憎悪は、やがて戦争の小さな火種になってしまうのだ―。



ユラは、この国に立ち込めている、まだ晴れる気配のない暗雲を眺める。
今までカルナトール王国で行われる会議では、常に晴天だった為、ふいに不安を感じていた。
そして、何となく思ってしまったのだ。

嗚呼、平和が終わってしまう―。


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