original [永続の記憶] [04] 「―改変黙示録―」


4.破壊神バハ

あれから、幾度目かの朝と夜を迎えた。 あと何回迎える事が出来るのだろうと、レティシアは暮れた空を寝台の上から格子の窓を眺めていた。

「終わったよ、レティシア」

今日は、定期検診だった。
レティシアは、週に一度だが医者に身体状態を診てもらう事になっている。
レティシアの身体には、鉛で打たれたような痣が胸部を中心に広がっていた。
当然、打たれたわけではない。
代々に伝わる『名の無い呪い(のろい)』の影響で命を蝕んでいるだけの事だった。
その命も無駄ではなく、城の結界の動力源として無駄なく使われている。

「ありがとう、先生…」

レティシアは、寝台から起き上がり身なりを整える。
そして、顔を俯いてレティシアは、その先生という者に問い―

「先生…私は、あと…」

途中で止めた。
愚問な質問だと思った。そんな事は分かっている。もう止められない。産まれた時から決まってる。もう決意したのに。誇りに思わなければいけないのに。

頭の中で色々な感情が渦を巻いていた。
身体は、少しばかり震えている。
もうすぐ齢(よわい)18歳になる娘にその先生という男は「3年持てば十分だよ」と答えた。

嘘はつけない先生だった。
「生きろ」だとか「まだ大丈夫」だとか「可哀想に」だとか「頑張って」だとか、そんな言葉もなかった。 周りに腫物のように扱われてきたレティシアにとっては、新鮮な先生だった。

自分は、苦しみつつここまで生きてきたのだ。
これ以上、何を「生きて」「頑張れ」ば良いというのだろう。
もう「十分」ではないか…その言葉だけで少し救われていた。

「それで、今日も行くのだろう?」

レティシアが診察室を退室しようとした時に先生は、訊ねた。
レティシアは、笑顔で答える。

「えぇ、怪我も良くなったようだけれど、ここを離れようとしないから面倒を今後もみる事にしたの…駄目かしら―?」

レティシアは、先生の顔色を窺っている。
今、レティシアが保護しているであろう生物は、本来『此処』にいてはいけない生物だった。その生物を人々は、大層嫌っている。
嫌っているどころか攻撃し、深い傷を負わせ、あわよくば殺そうとまでする程に憎まれている生物だった。

当然の如く、先生も顔を少し歪ませたが好きにすればいいと反対はしなかった。
先生が反対していない理由もなんとなくレティシアには分かっていた。
先生は、所詮、よその国からやってきた元旅人だ。
都合が悪くなれば今晩にでも城を出てまた荒野に旅立てば良いだけの事だからだ。



その生物は、地下墓地で保護されていた。
ここは、歴代の王族が眠る墓だった。城の結界に囚われ、命を捧げた者の末路。 死して尚、城の外に出る事を許されていない。

「今の時代、外でお墓を作っても、すぐ魔物に荒らされるだけだから…一番大事にされているといえば、されているのだけれど―」

レティシアは、そう呟く。
地下墓地を見渡し保護している生物を捜していると奥から鳴き声が聴こえた。

「キュイキュイ!」

声がしたかと思うと紫がかった瑠璃色の物体がレティシアめがけて飛び込んできた。
レティシアが保護をしている生物だ。

この菫色のした身体と耳に羽を生やし額に真紅の宝石のようなものが埋められている見た目が竜の子は、城下町で『厄災』だと追いかけられ殺されかけていたそうだ。
逃げていたところ小さい隙間からこの地下墓地へ落ちて来たらしい。

傷を負った『厄災』が落ちてこなかったかと城下町の人々に聞かれたが、あのあと抜け出し森へ逃げて行ったと嘘をついた。 その嘘をついたのは、レティシアではない。

「これはまた、ずいぶんと元気になったようだね。」

「先生…!」

レティシアが下りてきた階段から先生の声が聴こえた。

「できれば、自ら出ていってくれれば一番有難いんだけどね。コレ。」

この菫色のコレは、『バハ』と呼ばれている闇の精霊らしい。
何より、その真紅の石が精霊である証なのだ。外見で当てはまるものは、闇の精霊しかなかった。
バハは、人々から破壊神と呼ばれていた。 彼が訪れたところには、何も残らないと言い伝えられているからだ。

「この様な可愛らしい生き物、何かを破壊できるとは思えないのですけど、先生?」

レティシアは、バハを抱き上げて真紅の石を眺め、その石の向こうに写る自分を見た。 そこには、真っ赤な世界が広がっている。

「レティシア、見た目でものを判断してはいけないよ。」

先生は、塗り薬をバハの首筋に塗りながら忠告する。
バハは、特に抵抗するわけでもなく先生に身を委ねている。
先生のバハに対しては、相当冷たいものではあるが、こうして手当をしてくれるし、バハも知ってか知らずかよく懐いていた。 単純にこの男…先生には、バハに対して迷惑だとは思っていても殺意がないからであろう。
バハに破壊する力があったとしても城下町の人間に怪我をさせるような事も暴れるような事もしていない。見た感じは、大人しい子竜だ。
レティシアは、この生物が破壊神バハであると、あまり信じてはいなかった。

「…で、先生?」

レティシアは、思いついたように先生を見上げた。 先生も不思議そうな顔をして俯き「ん?」という表情でレティシアを見る。

「先生は、夕刻から会議があったのではないかしら?」

「あ」



会議は、遅刻したもののお咎めはなかった。
レティシアの検診が長引いたという嘘をレティシアが父であるカルトネに報告していたからだ。
先生は、レティシアの耳元で嘘が上手になったねと褒めた。
レティシアもまんざらではない表情で澄ました表情で会議室を出ようとしたがカルトネの一声がレティシアの足を止めた。

「リズメルト帝国がアフォルド帝国に負けたそうだ。」

話によると、海からアフォルドを攻め込んだがアフォルドが容赦なく滅多打ちに攻め込もうとした船を沈めたらしい。
死者は10名前後、負傷者は捕虜となった。イチカが頼りにしていたであろう側近は主要会議以降行方不明となっている。 イチカの戦略も側近なしでは甘く、戦う術がない。しばらく鎖国する事を条件にアフォルドは捕虜を解放したという。

「な、なんてこと…!」

レティシアが知っている者が、同盟を組もうとしていた国同士が戦争のような事をしていたという事実に驚いた。
リズメルトもアフォルドも血の気が多いから仕方がないとカルトネは切って捨てたように言う。 そして、続けざまにカルナトール王国が鎖国する事となったらしい事をカルトネは淡々と語った。

「カルナトールもアフォルドへ…?」

レティシアは、戦を仕掛けたのかと恐る恐るカルトネに訊ねた。

「『面倒ごとが終わったらまた同盟誘ってネ☆』っと、ユラ=カルナトールから手紙が来た。」

カルナトール女王らしいような、そんな可愛らしい文面と羊皮紙の手紙を見せられ、レティシアは脱力する。 あんな小国、俺には興味がないと捨て台詞のような事を呟いていたが、レティシアは聞かなかった事にした。



この世界は、変わりつつあった。
人間が文明を築いていたが、各地に点々と存在していた種族は、種族同士で生活を始めていた。
未開拓地だった場所にも魔族がひっそり暮らしていたが雲が覆われ続けている土地を捨て人間の生活圏に入ってきたところだった。
人間はわりと無力で、魔物の攻撃で犠牲者が多く困っていたところを魔族に助けられた経緯があり、アフォルドでは共存して人間と魔族が暮らしている。
共存というよりは、支配しているに近いが支配がなくなると困るのは人間の方だった。 アフォルドでは、人間が魔族に支配され安全に暮らせるようになっている。
それぞれ違った種族がそれぞれの国でそれぞれの主観で生活している。
より良い世界の為に。世界を「また」壊さないようにという協定を結ぶ同盟だ。

当然、同盟を結ばずとも世界…『大地のマナ』を枯渇させない事は、暗黙のルールだった。
同盟を結ぼうとも結ばぬとも、今の生活に大きく変わりはない。
国が国を見張るか見張らないかの違いは、あったとしても。

『大地のマナ』は世界の魔力。人間や種族や当然魔族さえも使えるものではない。
世界が弱ったり魔力の循環が悪くなったりしない限り枯渇するなど本来ありえない事だった。
ただ循環が悪いだけならば、世界に存在している魔女を捜さなければならない。
魔女は世界に選ばれた存在で『大地のマナ』のコントロールを冥府より任されているがこれはまた別のお話。



「クソ…俺の国にもっと破壊できる力があれば…ッ!」

雪に覆われた石の城、ここはリズメルト帝国。
戦に圧倒的な力で負け、12名という兵士の命を失ってイチカは、自分の国に帰ってきていた。
イチカの周囲には、12の御霊(みたま)がぐるぐると回っている。

「あぁ、もう…分かってる…これだけの力の差を見せられ、国中の民の御霊を見る事になるのは御免被る。 そもそも、ティノスか?アイツ頭おかしい。ラッテル帝国など所詮人の集まりだ。何を目の敵にする。 カルトネは、狸かもしれないが…レティシアまでもが加担してるなんて、信じれるわけないだろ。 人間に『大地のマナ』を枯渇させる力なんてある訳がない。あぁ、そうだよ。踊らされた。すまない…僕は、君主なのに―」

傍から見れば、イチカが独り言を言っているようにしか見えないであろう。
しかし、見える者には、12人の兵士に責められつつも慰められている君主の姿が見えるはずだ。
12の御霊は、無念ではあったが君主を恨んではおらず、小馬鹿にしているような様子でからかう様にイチカの周りを泳いでいる。
そして、12人の兵士は、いずれ霊媒師によって速やかに除霊され冥府へと送られていくであろう。

あの主要会議が終わりの別れ際にティノスが話していた。

『大地のマナを救う大義名分がありゃ、兵士も喜んで動くさ―。』
『今のは、ここだけの話で頼むよ。』

ティノスは、この台詞だけで戦争を起こそうとしていた。
動く兵士を削ろうと思うのは、イチカからしてみれば当然の事だ。
レティシアの残り少ない時間、彼女にはただ、平和の中で微笑んでいてほしかった。

しかし、イチカには、国を捨ててまで彼女を救う術はなく―。



一人の女性がカルトネらのいる会議室にノックもなく入ってきた。

「ごきげんよう、カルトネ。会議は終わったかしら?」

そこには、カルナトールで行われた主要会議にいた姫巫女の姿があった。
セイラオス島の姫巫女。彼女は、島で村長に近いような権力を持っている。
カルナトールでお目にかかった時よりも表情は明るく楽しそうな様子である事は、誰が見ても分かる。 軽い足取りで姫巫女は、レティシアの前で足を止める。

「貴女…いいわ…。」

姫巫女は、うっとりした表情でレティシアの身体を舐めるように見渡す。
それは、とても面妖で不気味に感じ、レティシアは後退りしてしまった。

「ねぇ、貴女。私を世界を新しく創造する気はない?きっと楽しいわ。」

レティシアは、横に首をブンブンと振った。
あら残念と姫巫女は、ただ微笑んだだけだった。

カルトネと姫巫女は、会議室で極秘の話があるからと、レティシアや先生、会議の出席者達を会議室から退室させた。

「父様は、よく姫巫女様と二人で話しているの…。」

レティシアは、先生と二人きりになると震えるような声で語る。
浮気などしていないだろうか、母様や自分、弟や母様のお腹にいる命を裏切っていなかろうか心配でたまらなかった。
先生は、信じてあげなさいとレティシアを宥める。

「カルトネ様は、貴女の事も王妃様の事も大切にされている。それは私が保証しよう。」

「先生も私の事、大切にしてくれたら…嬉しいです…。」

レティシアは、先生の白衣の裾を軽くつまんだ。
先生も「もちろん大切だよ」と、レティシアの耳元で囁く。

このまま、時が止まってしまえば良いのに―。


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