カルナトール城の屋根のような澄み切った青空。
カルナトール王国第一王女のシピリカは、頬杖してバルコニーから中庭を眺めていた。
中庭では、両親が久しぶりに夫婦水入らずで散歩をしており、青々とした木の葉の木漏れ日に母の薄い金の髪が輝いていた。
シピリカは自分の栗色の髪を指でクルクル回し、じっと眺めてため息をつく。
「どうして私の髪は、こんな色なのかしら・・・」
指に絡んでいる髪を右へ左へ傾け、太陽の光に反射する光沢を眺めてさらに深くため息をついた。
シピリカ=ユラ=カルナトールは、今年で16歳の誕生日を迎えたばかりだった。
ここにいては、いくら頑張っても友達が出来ないと両親に我儘を言って、学校へ通う事を許されていた。
しかし、シピリカの身分を隠すことは難しく王族という事もあり、周りは恐れ多いと誰も寄らぬまま学校を13歳で卒業し友人が出来ないまま月日は流れてしまった。
気兼ねなく会話が出来るのは、双子の兄…公には、双子の弟のルイカ=カルナトールしかいなかった。
この国の跡継ぎは、女が勤める事がこの国が建国した時から決まっていたが、年功序列で上に立つ者が決まる今の世の中では国の上に立つ者は本来は兄なのだろう。
しかし、兄には、この国に張り巡らされている結界を操作する事が出来ない。兄は女ではないからだ。
母の身体から先に出たのは、ルイカだというのに世の中は不公平だなとシピリカは、そんな事を考えていた。
シピリカは、母の弟によく似た晴れたような金色の髪をしている兄が羨ましくてたまらなかった。
この国を継がなくても良い兄、とても気が弱くいつも妹のシピリカの顔色を伺う兄、しかし公には姉であるシピリカは弟であるルイカを守らなければいけないという事。
本当に世の中は不公平だと中庭から背を向け、部屋に入っていった。
部屋にあるソファーにルイカは腰を下ろし手紙を読んでいた。
学校の友人からの手紙らしく、何やらウキウキとした表情をしている。腹立たしい。
ルイカは、双子ではあるものの王位継承の立場ではない事もあり幾人か友人が出来たようだ。
あの両親の子でもあるので顔立ちはよく、女の子にモテていたが恋人になった途端すぐ他の女の子に目がいくため長続きしなかった。
・・・
ところが、卒業式のあとのお別れパーティで在校生と最後の交流をした時だ。
特別可愛いだとか特別美人というわけでもなかったが凛とした佇まいの女の子が目に入った。
また、ルイカが一目惚れ症候群になっているとシピリカはルイカを横目で見ながら大好物のスイーツを頬張っていた。
卒業生は、別れを惜しむ者もいれば明日は何処へ買い物に行こうかとか稼業やら家業やらの話に花を咲かせていた。
なんでも、中層には王族が数百年も贔屓している恐ろしい老舗があるんだとか無いんだとか、そこの看板娘が絶世の美女なんだとか。
たまに会話の間にこちらをちらちらと見てくるが、こちらを会話の渦に巻き込む気はさらさらないのだろう。
贔屓しているのは、祖母であってシピリカではない。
「口にクリームがついているわ」
横から声がするが、シピリカは声の主など気にも留めていなかった。その声は止む気配はない。
「貴女に言ってるのよ」
ちょっと呆れた声色がしたかと思うと右口元から柔らかな感触が掠めていった。
シピリカは、ハッとしてようやく掠めたものを確認しようと首を右に向けた。
先ほどルイカが目を追っていた女の子がいた。こんな子、学校にいただろうかとシピリカの身体はそこで止まっていた。
「無礼だなんて言わないでね、口にクリームつけて家に帰りそうだったもの貴女」
「あ、ありがと…」
シピリカはそこで今日、学校で初めて声を出した気がした。
お礼が聴こえただろうかと心配になる。
女の子は、軽く微笑むと青い長髪に昼のような黄色い衣装を翻すよう軽快な佇まいで、その場を去って行った。
呆然としているとルイカが駆け寄ってきた。
「何、シピリカ、あの、あの子と友達だったの?!名前は何て言うの?」
「もう会えないかもよ?いつもみたく追いかけないの?」
「そうだ、名前を聞かなきゃ!」
ルイカは、女の子を追いかけていった。
そこでどんなやり取りがあったのかシピリカは知らない。
シピリカは一足先に城に戻り、学校の使い古した教材の最後の仕分けをしていた。
夕刻になり、ようやくルイカが戻ってくるとマシンガントークが止まらなかった。
あの女の子は、マイヤというらしく1年留年してようやく卒業できたとの事。
そして驚く事に私たちの遠い親戚だという。
シピリカとルイカの”父の父の兄の子の子”だという。ややこしい。
というか、初対面の相手によくぞそこまで情報を聞き出せた我が兄よとシピリカは関心していた。
それが13歳の時にあった卒業式の出来事だ。
そのマイヤとは手紙のやり取りをしたり今でもたまに会ったりしているらしい。
それ以来、ルイカが他の女の子に目をやる事はなくなった。
兄の一目惚れ症候群もついでに卒業したようでシピリカは少しほっとしている。
被害者の女の子の冷ややかな目線を浴びなくて済むのだから。
―といっても卒業したのでもう女の子たちに会う事はないだろう。
そしてこれは余談だが、カルナトール第一王女シピリカと交流せずお近づきになれなかった卒業生たちは、両親から”媚び売っておけなかったのか”と叱られたりしている噂をメイドから聞いた。
・・・
散々、ルイカについて悪態をついているがシピリカはルイカの事を嫌っているわけではない。
この度は、双子故に自分と外見や立場や環境が違うルイカに少し嫉妬しているだけなのだ。
普段はたまにしか城に戻ってこない父に振り向いてもらおうとルイカと共に落とし穴を掘ったり悪戯をする事を生き甲斐にしているほどルイカとは仲が良い。
シピリカももう16歳、あと2年で成人してしまうほど女性として成長をしているので悪戯の回数は極端に減っている。
思春期故にシピリカの悩みは絶えない。
「はぁ…」
(私も燃えるような恋がしたい)
シピリカは克て2回恋をしている。
一人目は母の弟、二人目は父の兄である。
運がないのか、ただ出会いがないだけなのか、不毛過ぎた恋だった。