2.ルイカの悩み
雲一つない晴れやかな空の下、卒業式の準備をしている双子の慌ただしい姿がそこにあった。
シピリカ13歳とルイカ13歳は、人形の如く着せ替えをさせられている。
シピリカは、メイドにボタンを留めてもらいながら一口サイズのサンドイッチをつまんで慌ただしい中、平然としているがルイカはそうでなかかった。
「子供じゃないんだからさぁ…」
メイドはクスクスと笑いながら晴れ舞台なのだから身だしなみはしっかりしなければ女の子にモテませんよと言いながらテキパキと服に付着してるであろう埃をブラシで落としていた。
どうせ外に出れば知らずうちに付着するものなのにとルイカは思ったが“女の子にモテません”という言葉で
(まぁ良いか)
と思い黙り込んだ。
城から学校までは使用人がボディガードとして付いてきていた。
恐らくこれが原因で誰も話しかけて来ないのだろうとシピリカは思っていた。
ルイカはシピリカよりも前を歩いており使用人の目から遠い。
同級生と挨拶を交わしいつもの調子で女の子を褒めているルイカ。取ってつけたように男の子のシワひとつないシャツもほめていた。
気が弱い感じで話しかけて決して剽軽な態度では無いのが逆に好感が持てるのだろう。
「おい、ルイカは卒業したらどうするんだっけ」
「僕?僕は妹のサポートをするだけかなぁ」
ルイカはシピリカに視線を向ける。
シピリカは実のところ身内以外に大変人見知りでありムスッとしている。
これが原因で卒業に至る今でも友人が出来ないのも理由のひとつだろう。
何度かルイカは他の者にもシピリカと同級生の女の子に接点を持ってもらおうと努力はしてきた。
が、気がつけば1番女の子と仲良くなっていたのは自分だった。皮肉なものだ。
しかし、いざ仲良くなってみると女の子はみんな優しいし可愛いのでこれはこれで悪くない。
男の子もその輪に入りたく寄ってくるのでルイカはその男の子も招き入れていた。
学校に到着し、いよいよ卒業式が始まった。
学長の話は大層長かったがルイカはどうにか起きる事ができた。
シピリカに目をやるとウトウトしており頭がコクリコクリと前後に揺れている。
周りも似たような様子だったので目立っていない事にルイカは安堵した。
卒業証書を受け取り、また学長の長い話を聞かされ、シピリカとルイカは長かったような短かったような学校生活に終止符をうった。
・・・
お別れ会は、全校生徒が参加する。
簡単ではあるが軽食とスイーツがビュッフェ形式で振るまわれた。
ルイカは色々な事があったなぁと思いながら楽しく会話する学友を見渡していた。
見知った後輩もいたがただ1人、見た事もない女の子がいた。
青い髪に黄色い衣装が目立っているミステリアスで凛とした素敵な人だった。
思わず見惚れてぼーっと見ているとその女の子はシピリカに近づき話しかけている様子だった。
シピリカにもあんな友人がいたのかとただただ興味深く見ていたがその女の子はすぐに去っていった。
ルイカは急いでシピリカに寄り話しかける。
「何、シピリカ、あの、あの子と友達だったの?!名前は何て言うの?」
シピリカは不思議そうな顔を一瞬したかと思うとルイカから視線を逸らしながらこう言った。
「もう会えないかもよ?いつもみたく追いかけないの?」
ルイカはハッとした。
自分はシピリカから離れないように学校生活を送ってきた。
シピリカにその様な友人がいないのは、ルイカが一番よく知っている(失礼である発言なのは百も承知)。
「そうだ、名前を聞かなきゃ!」
ルイカは先ほどの女の子の後を追いかける。
・・・
「待ってよ、そこの君!」
女の子は立ち止まらない。
「今、会場をでた君、待ってー!」
そこで女の子はようやく歩む足を止め振り返る。
「し…シピリカに声をかけてくれてありがとう!」
ルイカは目を輝かせながら女の子から至近距離でお礼の言葉をかけた。
女の子の目は、少し驚いた形相でまんまるになっている。
自分とよく似た翡翠色の瞳をしていた。
(…あれ?どこかで会ったような―)
「別に」
女の子は素っ気なく答える。
「…で?」
「あ、ああ!あの、名前、教えて、く…くれる?」
ルイカは少し子供みたいに(実際13歳という子供なわけだが)もじもじさせ顔を赤らめていた。
「あ、あの僕、ルイカ!」
「知ってる」
「あ、あはは、そ、そうか…そうだよ…ね」
カルナトール王国第一王女シピリカの弟なのでこの学校で知らない人はいないだろう。
少し沈黙が続いた後、女の子はようやく口を開けた。
「マイヤ…」
「ま、マイヤか!君も卒業生なの?今まで見た事ないと思ったけど。あ、記憶違いだったらごめんね」
「一応、卒業生…かな?」
「…かな?」
マイヤは、小さく鼻で息を吐き少し考えている様子だった。
「アフォルドで出席日数足りなくて留年したのだけど気まずくなってカルナトールの分校に編入した感じ」
「でも君みたいな素敵な子は見なかったけど」
「少し足りなかっただけだからほとんど今年度は学校に来なかったかも」
「なる…ほど?」
アフォルド王国には古くから学校というものはあったがカルナトール王国には無く、あっても職業訓練に近いものだった。
世の中の常識や良い事や悪い事は親や隣人が教えていたという。
アフォルド王国とカルナトール王国の王子と姫が結婚した事をきっかけにアフォルドの文化が少しずつ100年かけて浸透していったそうな。
なのでアフォルド王国の住民がこの国にいるのは特別珍しいことでもない。
「私、両親を外に待たせているのだけど―」
「あ、ごめん。でも僕、君ともう少しお話したいかな…なんて…」
マイヤは視線を床に落とした。
「まぁ、少しなら良いわ。曾祖母に良い土産話にもなるかもだし」
マイヤは長い髪を耳にかけながらそう答えた。
彼女の耳は、自分たちのように曲線をえがいておらず尖っていた。
こういうタイプの耳は、民族(魔族も人族でもない血縁の種族)の類いなのだろうと思ったと同時にシピリカたルイカのように長生きする種族だと思った。
こういう事にルイカは、頭の回転が速い。
「君の曾祖母も元気なんだね、僕の曾祖母も風の噂では元気にしてるみたい」
「言われなくても元気なのは知ってる」
「?」
マイヤは少し顔を寄せてルイカの目をまっすぐに視た。
「だって、貴方の曾祖母と私の曾祖母は同じ人だもの」
「へ?」
ルイカが間抜けな声を出した事が面白かったのかマイヤの顔が緩んだ。
その緩んだ表情は少し笑っているようにも見える。
「貴方の祖父は、アフォルドの先代の国王だったでしょ?私は、その国王の兄の子供の子供」
「そ、そうなん…だ?」
「どうしても、まだお話したいのなら手紙を頂戴。アフォルドの城に出せば私のところにも届くから。それじゃ」
マイヤはそう言うと建物の出口に向かって振り返り歩いていく。
逆光で見えなかったが二人の男女がマイヤを迎え入れていた。
ルイカはお別れ会に参加していたことも忘れ、教室にある自分の鞄の中から上質な封筒と便箋を取り出しペンを走らせた。
その便箋には、自分の事やマイヤについての質問がびっしり書かれていた。
王室切手を便箋に貼り、ルイカはそれを大事に抱えながら伝達便にそれらを託した。
・・・
気づけば夕刻になっていた。
城に帰るとシピリカは卒業早々に勉強机の上に並べられていた教材を引っ張り出し整理整頓をしている。
ルイカはマイヤとの会話をシピリカに余すことなく伝え、手紙の内容はあれで問題なかっただろうかと相談する。
シピリカは少しイラついた表情をしたように見えたが気のせいだろう。
しかしマイヤが血縁関係だった事を知ると少し興味を持っていた様子だ。
「シピリカとマイヤならきっといい友達になれそうなんだけどなぁ」
「別に友達までルイカの面倒みてもらいたくない!」
シピリカは友達が欲しい欲しいというわりに何で自分の紹介は拒否するのだろう。
ルイカは不思議でたまらなく、シピリカの一人ぼっちの生活に頭を抱えていた。
学校に入るまでは、ルイカの方が奥手で世話を焼いていたのはシピリカだった。
公では、姉という事で姉として振舞っている妹は背伸びしまくっていた。
ルイカは”あの子”が可愛いといえばシピリカが”あの子”へ歩み寄りルイカのアピールをする。
大抵、相手はドン引きしてその場を去るというところまでが決まり事になっていた。
「だって、ルイカに恋人が出来るなら私嬉しいもの!恋って凄いのよ会う度にわくわくするの!」
そんな事を言うませたシピリカの当時の年齢は6歳だ。
当時のシピリカは叔父のノアに夢中だった。
今思えば別に恋とかではなく懐いてるだけなのだとルイカは理解していたが口には出さなかった。
学校に行きたいと言っていたのもこの頃だった。
使用人や周りの大人には人懐っこかったシピリカはどこでもやっていけると思っていた。
しかし、いざ世間の輪に入るとどうしたものか大層な人見知りが発動していた。
学校に入る前まで人見知りを逆に心配されていたのはルイカの方だったが、案外上手く立ち回れていた。
双子なのにこうも性格や見た目に違うのだなと大人たちがよく話していたし自分もそう思う。
・・・
学校を卒業して3年が経過した。
兄である自分は、シピリカのサポートをしたいという思いに変化はない。
しかし、シピリカという妹はなかなか面倒な性格をしている。
まさか、さらに悩みの種が増える事をルイカはまだ知らない。