恋に欲の事情


4.ミネルエッタの訪問

 シピリカは、たまに鼻歌を交えて自室を叩きを使ってすでに綺麗に清掃されている棚の埃を埃もないのに落としている。
 その光景を見たルイカは、嬉しい気持ちになっていたが粗相をしないだろうかと少々心配していた。

 時は3日前にさかのぼる―

 ・・・

「非常に不本意なのですが呩無たしなから手紙を預かりました」

 帝王学の授業終わりにセンカはシピリカに封筒を手渡した。

「ミネルエッタから?何かしら」
「開けて読みなさい。返事をせがまれていますので」

 シピリカは封筒を開けた。そこに入っているのは短い文章の手紙だった。

 ***

 シピリカ、ついでにルイカも元気?
 3日後、約束通り貴女に会いに行きたいのでお返事をパパにお願いね!

 追伸
 ポーション買いそびれたでしょ?
 ママのお菓子も手土産に持っていくわ!

 ***

「シピリカ様もお忙しいでしょう、娘には無理だったと返答―」
「良いわ、ぜひ遊びに来て!」
「ちっ」

 センカは、娘や妻に城と関わりを持たせることをあまり良くは思っていないらしい。
 何だか申し訳ないなと思うルイカと、そんな事はお構いなくどころか気づいていないシピリカ。
 「はぁ…」とセンカは軽くため息をすると重い足取りで帰っていった。

 ・・・

 部屋の清掃をしたシピリカのそわそわは収まらない。

「この服、変じゃない?ドレスの方が良かった?!」
「いや、別にデートじゃないし友達が遊びに来るだけじゃん」
「で、デート…これ、デート?!」
「いや、僕もいるんですけど?!っていうか友達同士はデートじゃないから!」

 二人が言い合っていると部屋の扉を使用人がノックした。

「シピリカ様、お客様を客間へご案内致しました」
「あ、え?きゃ、客間???あ、そ、そうよね?!」

 民間の客でも貴族でも最初に部屋を通される場所は客間である。
 自室に入って良いのは、身内と使用人程度だった。何かあっては大変だからだ。
 あとは、許可を得なければ自室に通される事はない。

 シピリカは待たせてはいけないと速足で客間へ向かい、ルイカもシピリカの後を追いかける。

 ・・・

「いらっしゃい、ミネルエッタ!」

 勢いよく扉を開けてシピリカはミネルエッタを歓迎した。
 その様子を見て客間にいる使用人の顔は緊張感から少し解放された顔をする。

「お誘い受けて下さりありがとうございます、シピリカ様」

 ミネルエッタは席を立ち、軽くスカートを広げお辞儀する。

「やだ、シピリカ”様”なんて!前みたいにシピリカって呼んで」

 シピリカはミネルエッタに寄ってミネルエッタの手を両手で握った。
 ミネルエッタは、きょとんとした表情をしている。

「だって、最初が肝心じゃない。出禁なんてされたら大変だもの」

 二人が会話をしているとルイカは使用人に話しかける。

「ミネルエッタをシピリカの部屋に案内して良い?」

 使用人たちは顔を合わせる。
 少し曇ったような表情だ。

「えっと、ミネルエッタ様は本日初めて城に来られました。いくらシピリカ様のご友人とはいえ回数を重ねなければお部屋は通せません」

 その言葉にシピリカは「ええええ…」と口を尖らせて使用人に不満をぶちまける。
 ミネルエッタは「まぁ当然ね」という様子でそれを受け入れていた。

「おい、その子センカさんの娘だろ?それでもダメなのか?」

 先ほどシピリカが入ってきた扉の前には、一人の男が立っていた。

「「あ、ノア!」」

picture

 シピリカとルイカの母親の弟である叔父のノアだ。

「ノア様、おかえりなさいませ」

 使用人たちは、ノアに向かってお辞儀をする。

「ノア様が許可されるのでしたら、私達は通す他ありません」
「そ、良かったなシピリカ」

 ノアは、ちょっと悪戯いたずら交えた表情でシピリカに微笑みかけた。

「ありがとノア!ミネルエッタ、行こ行こ!」

 シピリカはミネルエッタの手を握り軽い足取りで自分の部屋へ向かっていく。
 ルイカもノアに感謝の言葉をかけると慌ててシピリカ達の後を追った。

 使用人も追いかけようとするがノアがそれを静止させた。

「ルイカもいるし大丈夫だろ」
「しょ、承知いたしました…」

 走っていく3人をノアは使用人と共に見送ってた。

「今くらいの歳までだよな、友人なんて出来るのは」

 ノアは小さく呟いた。

 ・・・

「私、こんなにドキドキしたの初めてかもしれないわ」

 ミネルエッタは、少し息を切らしながらそう言った。
 それはシピリカも同じだった。

「私も!今日は客間での会話を覚悟したもの!」

 シピリカの声色は、父親に悪戯をして成功した時くらいに輝いていた。
 少し遅れてルイカが追いつきシピリカの楽しそうな様子を見てルイカはやはり嬉しくなった。

「やっぱノアは凄いね、めっちゃ良いタイミングだった!」
「本当ね、きっと私のお友達を見に来たのよ。きっと!」

 ルイカとシピリカは、恋い焦がれるようにノアを称賛している。
 ミネルエッタは走ってきた廊下を振り返り先ほどの光景を思い出していた。

「あれがパパの言ってた”万年拗らせ男”ね」

 ミネルエッタのとんでもない発言にシピリカとルイカはミネルエッタの方を勢いよく振り返る。
 ミネルエッタは、また自分はやってしまったのか?と無表情ながらも思ってしまった。内心はとても焦っているが顔色には出さない。

「「拗らせってどういう事お?」」

 シピリカとルイカは声を合わせてミネルエッタに問う。
 ミネルエッタは、どこまで話せば良いものかとしばらく「えっとぉ」と天井を見上げながら言葉を選んでいるようだった。

「リズメルトの魔女からの求愛を恋人の死後ずっと待たせてるらしいじゃない?」

シピリカとルイカは顔を見合わせた。

 リズメルトの魔女といえば、水のタシュシェリアだ。
 毎年、母親とノアとシピリカとルイカの誕生日に魔力の込められたぬいぐるみや魔道具を贈ってくれるとても綺麗な魔女だ。

「そんな話初めて聞いたわ」
「僕も。何かの間違いじゃない?」

「えー、ノア様の事だと思ってたんだけどおかしいわ…変な事言ってごめんなさいね?」

 ミネルエッタは、少し納得できなかったが”万年拗らせ男”は失礼だったかなと二人に詫びた。
 シピリカとルイカも疑問は残るものの、実害はないのでそれを許した。

「そういえば、ノアから恋愛の話は聞いたこともないね」
「うーん、私達が子供だからかも?」
「結婚もしてないね」
「そうね、何で今までしてなかった事に変だと思わなかったのかしら」

 ・・・

 三人はとりあえず部屋に入り、ミネルエッタの手土産のお菓子を広げそれを摘まんだ。
 ふんわりと広がる甘味にかすかに香る柑橘、少し冷めてしまったが紅茶にとても合う。

 話題は、すっかり恋愛の話になっていた。

 シピリカは2年前までルイカには恋人のような女の子が大勢いて節操がなかったと話しルイカがそれを否定する。
 ミネルエッタは恋愛経験こそないが18歳を境に顔もよく覚えていない客などから求婚される事が多くストーカーなどに悩まされている事を話していた。
 シピリカは異性にそんな風にされた事もないとミネルエッタを羨ましがるが、それはいけないとルイカとミネルエッタに叱られる。

「私はね、ママ以外に興味はないの」

 どうやらミネルエッタは重度のマザコンなんだなとシピリカとルイカは思っていた。
 そして、ミネルエッタはシピリカに視線を向けて「でも…」と椅子を動かしシピリカに寄せる。

「シピリカにはとても興味は出てきたかもしれない―」

 ミネルエッタはシピリカの髪に触れる。
 シピリカは「え…」少しモジモジして少し頬を染めミネルエッタを見上げた。
 それを見てルイカは、少し咳込むと二人に言い放つ。

「二人は”友達”、だからね!」

 シピリカとミネルエッタはきょとんとお互いの顔を見合わせた。
「ともだち…トモダチ…」と二人はその言葉がずっと頭の中を巡っていた。

「…と、いうより―」

 シピリカは言葉を選んでいるし、ミネルエッタも少し考えているようだった。
 考えた末の結論が出たのだろうミネルエッタは

「強いて言えば―」

 と言葉を続け、シピリカも指を顎に添えうんうんという感じで結論が出たようだ。

「「憧れの…人…?」」
「どういう事?!」

 思わずルイカの厳しい突っ込みが入る。

 シピリカは長身で祖母のような透き通る白髪に憧れていた事を呟き、ミネルエッタは栗色の髪やシピリカの子供のような可愛らしさに憧れを持っていた話す。

 ルイカは女の子というのは、そういう事に対してお互い嫉妬心を抱き、逆に不仲になる現場を見てきたので二人の回答は意外だと答えた。
 もっとも、ここにいる二人の女の子に関しては少し一般と感性がズレているような気もしたので意外と思った後にルイカは少し納得してしまった。

 それは良いのだが、この二人の感性の違いでシピリカが変に"拗らせて"ミネルエッタを恋愛対象として見てしまったら国が亡ぶけど、どうしようといらぬ心配をする。
 その心配をシピリカは、感じたのか感じてないのか定かではないが…

「こういうのがいずれ恋になったりするのかしら?」

 と興味本位に問いかけると、ルイカは飲み込もうとした紅茶を軽く吐き出しカップに戻してしまう。

「そ れ は な い か ら !!!」

 ルイカは、テーブルを両手で指先程度に軽くトントン叩きながら否定するように叫んだ。
 ミネルエッタは、その光景を見て愉快に思ったのだろう。

「でも、同性婚はあるからわからないわよね」

 ルイカの頬を染める驚く顔を見て微笑みながらミネルエッタはそれをお茶請けに紅茶を飲みほした。


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